メンバーズを退社して、The HEADLINEを本格始動します

メンバーズを退社して、The HEADLINEを本格始動します

表題の通りだが、株式会社メンバーズを退社して(正式な退社日は1月末だが、年末に最終出社)、2022年1月よりニュース解説メディア The HEADLINE を本格始動させた。

最近は、ニュース解説者として認知いただくことも多いので、そもそも何をやってるの?や、企業で働いていたの?などの声もあると考え、自己紹介がてら経緯と今後について書いていく。

メンバーズについて

長いお付き合いの方はご存知だろうが、自分のビジネスにおけるキャリアは、大学院在学中にはじめた会社を2015年に、株式会社メンバーズへと売却(M&A)したことからスタートした。

事業やビジネスについて何も知らない自分にとって、「売却してスタートした」というのは文字通りの意味であり、上場企業であるメンバーズの子会社になってから新しい日々がはじまったと言える。

その中で、人生で初めての上長となった剣持さん(代表取締役)と高野さん(取締役 兼 専務執行役員)には、語り尽くせないほどの恩義と学びを頂いた。正直なところ売却から現在まで恩返しを出来たとは全く思っていないが、今回の退社に際しても温かい言葉をいただき、20代後半をメンバーズで過ごせたことに感謝の念が絶えない。一般的に、M&Aをした・された側の関係は上手くいかないことも多いが、自分が前向きに次の一歩を踏み出せたことを誇りに思っている。

そんなメンバーズでの最も大きな学びを挙げるならば、ミッション・ビジョンの重要性だ。思えば、M&A の交渉に際してはじめてお会いした日から、剣持さんは気候変動やCSVについて語っていた。そこから6年間、今も変わらず剣持さんは同じメッセージを語り続けており、その姿勢から学ぶものは非常に大きかった。

以前は、1000-2000人規模の会社だからこそミッション・ビジョンを掲げる必要があると思っていたが、今は異なる。2-3人のチームだろうが、1万人の巨大組織だろうが、人が集まり組織で何かを作るためには必ずそれが求められ、むしろそのために組織の存在意義がある。

そんなことを考えるうちに、改めて自分の人生にとってのミッション・ビジョン、言うならば「やるべきこと」に思いを馳せ、今回の決定に至った面も少なからず存在する。

世界を世界に説明する

さて、そんな自分にとっての「やるべきこと」は「世界を世界に説明する」だ。それを実現する第一歩として、ニュース解説メディアの The HEADLINE を本格的にスタートさせていく。

(これについては過去記事も書いている。1年前から市場や事業に対する解像度は変わっている部分も多いが、基本的にやりたいことは変わっていない。)

昨今 SDGs やパーパスなど社会的意義を謳った企業のあり方が増えているが、それに比べると「世界を世界に説明する」というミッションは非常に自己完結的だ。誰に頼まれたわけでもなく、説明することのわかりやすい意義も見えづらく、ただ「世界を世界に説明する」という宣言のみを掲げている。

ではなぜこれが自分にとって重要かというと、それは最初の起業以前に遡る。

小さい頃から歴史学の研究者になりたいと思っていた自分は、大学生の頃にひょんなことから起業に至る。2011年頃、Facebook や iPhone などの登場によって、インターネットを使った起業が何度目かのブームとなっており、友人の中川綾太郎と成田修造と会社をスタートする。彼らは今でも定期的に会い、相変わらず尊敬する友人だが、当時はそれぞれ目指す道が異なり解散。これがアトコレという名前の会社だ。

2人はいち早くビジネスの道で成功するが、自分は引き続き研究者になりたい思いが強く、大学院に進学して修士号を取得した。その途中に再び会社をやろうと思い立ち、博士課程には進まず、前述したように起業→M&Aに至るが、常にボンヤリ頭にあったのは、人文/社会科学の専門知を社会に還元したい、あるいは社会実装していきたいという気持ちだった。

自分はそこから約5年間ビジネスに集中する日々が続くが、その想いが消えることなく改めて自分の人生を考えた時、その気持ちを今やり切らなくては後悔すると考え、その想いに立ち返ってきた。詳しくはこちらの記事などもご覧頂きたいが、自分にとって「世界を世界に説明する」ことは、ひとつの事業の目的というよりも、社会と自身を繋ぐアイデンティティのようなものなのだ。

専門知の需要と供給

では、この「世界を世界に説明する」とは何だろうか?言い換えれば、人文/社会科学のうち特定の専門知についてコンテンツ化した形で生産および流通をおこない、社会実装をしていく試みだ。

言うまでもなく「専門知の社会実装」という言葉の意味合いは広い。たとえば創薬であれ、工業や化学分野の研究開発であれ、統計やデータ分析であれ、いずれも特定の専門知を社会で応用している。そのため、ここから用いる「専門知の社会実装」とはあくまでも「特定の専門知の生産およびコンテンツ化による流通」という狭義の意味合いで用いる。

近年、経済学を中心とした社会科学の素晴らしい研究者たちが社会実装を志向した活動を進めているが、一方で政治や歴史、思想などの分野に目を向けると、まだまだ社会との距離が遠い現状だ。少子化が進むことで大学の資金源である学生が減少し、経済成長が鈍化することで国家予算の先細りが予想される中、こうした分野に投じられる予算が激減していくことは火を見るより明らかだろう。その結果、若手研究者のポストは減っていき、歴史や思想、あるいは社会科学の中でもニッチと見做されるような地域研究について、研究の厚みがなくなっていくことが容易に予想される。

このような専門知の供給が減っていく中、需要についてはどうだろうか?

インスタントなコンテンツが溢れ、「論破」のようなエンタメがもてはやされ、YouTubeをはじめとしたプラットフォームで非科学的な言説が人気を集める現在、直観的には専門知の需要は減っている様に感じる。しかし個人的にはそう思わない。

むしろ専門知に対する需要は、かつてないほど高まっていると感じる

前述した社会的意義の提唱に限らず、人権やサプライチェーンの問題がESGという形で主題化され、気候変動やマイノリティ、パンデミックに関する問題が企業活動の文脈で語られる現在、ビジネスと<社会>の距離は過去に例がないほど接近している。

フェミニズムやポリティカル・コレクトネス、リベラリズムという言葉に多くの人が触れ、企業にとっては炎上という形でそれらに対応しなければならない現在、思想に関する諸問題が社会で顕在化している。

中国や韓国をはじめとするアジア各国との経済的距離はほぼ無くなったにもかかわらず、政治的・文化的には冷え込みや無関心、不寛容が横たわっており、それらは社会や国家、企業などにリスクをもたらしている。

加えて、こうした問題にはAIや自動運転、センシングなどの新しいテクノロジーが関わっており、その倫理性や政治性が敏感に取り沙汰されている。

すなわち繰り返しとなるが、人文/社会科学の専門知に対する社会的需要は、その直観に反して大きく高まっている。(*1)こうした専門知の社会実装に対する需要が高まっているにもかかわらず、大学という知識(あるいはコンテンツ)の生産・流通を一手に担っていた専門機関の未来が明るくない現状、言い換えれば供給不足が起きている状況には、1つのパズルがある

「世界を世界に説明する」というのは、そのパズルに対する回答だ。「世界を世界に説明する」ことは決して大学のみに求められたニーズではないし、それを経済合理性が求められる企業の枠組みで実現しても問題ない。需給のバランスにギャップがある場所には機会があり、それが自身の「やるべきこと」と合致している。やり方が適切かは(現在のところ)分からないが、自分がやらずに誰がやるのだろうか?

つまり「世界を世界に説明する」とは、従来は大学が担っていた人文/社会科学のうち特定の専門知の生産・流通について、企業およびデジタル・メディアを通じて、僅かながらに補完していく試みだ。(*2)

(*1)ただしこれは「専門知がビジネスに役立つ」という浅薄な結論を意味しない。私たちの社会が専門知を求めていることは、それが収益化出来ることを意味していないし、いわゆる「役に立つ」という意味から程遠い。ここで言う社会的需要とは、社会のあり方に人文/社会科学の専門知が応答していく必要性を意味している。

(*2)ちなみに1つエクスキューズを付けておくならば、自分自身には何の専門知もないことを自覚している。あくまでも自分が出来ることは、良質な専門知に最大限の敬意を払いつつ、それを最適化した形で社会に届けるプロセスの本当に僅かな一助を担うことだけだ。

経済合理性のある社会実装

上記のような認識、問題意識は決して目新しいものでもないし、誰もが思いつく内容だ。重要なことは、それをどのように実現し、経済合理性を持たせたままサステナブルに実現できるかだ。

これに対して、大きく3つのアプローチを考えている。

まず最も重要な点として、その経済合理性を担保するためニュースという主題を選択している。The HEADLINE はニュース解説メディアという立て付けだが、自分自身は多くの人がニュースを読むべきだと全く思っていないし、ニュースを知っている人が偉いという規範的な(というより通俗道徳的な)態度には強い違和感がある。むしろ、バカバカしいとすら思っている。

にもかかわらずなぜニュースを扱うかと言えば、経済合理性が専門知と社会的関心の交点として現れるからだ

メディアは基本的に、人々の社会的関心の高まりを収益化している。それは広告モデルであっても、The HEADLINE が採用している課金モデルであっても同様だ。たとえば、新型コロナウイルスが流行していない時代に「パンデミックの世界史」という記事を出しても、大半の人は関心を払わないが、2020年以降であれば話は違う。つまり専門知をコンテンツという形で社会実装する限りにおいては、それが社会的関心の高まりと呼応していることが必須条件だ。

そのため、弊社が今後出していくプロダクトはニュースに限らない。専門知と社会的関心にギャップがある領域について、様々なアプローチを考えている。

余談だが、フェイクニュースやエコーチェンバーについては、我々自身が解決する課題であるとはあまり思っていない。たしかにこうした問題は社会的コストが大きく、民主主義を毀損している(と一般的に思われている)課題だが、扇情的な情報に食いついてしまう人間の特性が古くからあることを考えれば、専門知や良質なコンテンツのみで問題を解消できるとは思っていない。The HEADLINE が多くの人に読まれるようになった結果として、こうした社会的課題に寄与できれば光栄だが、これは事象の結果であり原因ではない。ニュースはあくまで手段であり、私たちが届けたいのは良質な専門知および事実とデータに基づいた記述だ。

次に、「規律ある経営をしつつ、規模を追求する」ということだ。専門知の社会実装という命題だけを聞くと、それは資本主義の論理から大きく離れている様に見える。実際、小ぢんまりとしつつも品質の高い記事を少しずつ出していくという方法もあるだろう。

しかし、それはあまり現実的ではないように思っている。なぜなら、様々な専門知を継続的に社会に届けていくためには十分な報酬と働きやすい環境が必要となり、それを担保するためには相応の収益が必要となるからだ。(詳細は省くが)その事業計画を考えると、早期からコンテンツとマーケティングに対してある程度投資をするべきだと考えた。

その結果、リブセンスの共同創業者であり、寄付およびソーシャルセクターでも活動を広げる桂大介さんに株主および社外取締役になっていただいた。桂さんは、最近では「新しい贈与論」や寄付サービスのsolio(ソリオ)、配信プラットフォームのシラスなども手掛けており、事業と社会的な活動双方について深い知見と経験を有している。

桂大介さん
桂大介さん

もともと桂さんに関与いただくことは、The HEADLINE を始めた時からイメージしていた。桂さんは2012年にアトコレ社をやっていた頃に出会い、小難しい話をしながら酒を飲む友人として仲良くさせてもらっていたが、社会を近しい位相から眺めつつも、異なる見解をフラットに交換できる希少な存在として、常に敬意とシンパシーを感じていた。

ただし近年の桂さんが、新興企業に関与する形式としては寄付が殆どだった。実際、当初は株主および社外取締役ではなく寄付を打診いただいた。しかし前述したように、「規律ある経営をしつつ、規模を追求する」ことが「世界を世界に説明する」ための最適解であるならば、より深い関係性と適度な緊張関係を持つことが大事だと考え、株主および社外取締役をお願いすることで快く引き受けてくださった。

とはいえ率直に言うならば、桂さんに参加いただいたのは経営目線というより、「世界を世界に説明する」ことそのものに不可欠なメンバーだと考えたことが大きい。桂さん自身も、Q by Livesense というメディアなどで文章を書いているが、このメディアは The HEADLINE と近しい問題設定や社会への目線も持ちながらも、異なるアウトプットが生まれている。こうした思索と実践を重ねている桂さんが弊社に加わってくださることで、私たちの経営に限らず、編集のあり方についても良い変化が生まれるだろう。

最後に、ブランドをつくるというアプローチだ。これは一見すると経済合理性とは無関係、もしくは真逆のアプローチに見える。なぜなら、ブランドをつくることは長期目線の投資が必要であり、短期的には非合理的に思える投資が必要となるからだ。

ところが、これは逆説的に見えるが経済合理性にとって不可欠な要素だと考えている。

そもそもブランドとは何だろうか?あくまでも(ニュース)メディアに限った私見だが、端的に言えば希少性の高さだと考えている。

大半のデジタル・メディアはブランドをつくれておらず、代替可能性が高いコンテンツをつくり続けている。速報はTwitterに勝てないし、最近では企業のプレスリリースが工夫されていることも多いので、メディアが付加価値を生み出せていないことも多い。 これに対してブランドがつくれているメディアは、第一想起が取れている。たとえば経済情報ならば日経や The Economist、Barron’sだし、外交なら Foreign Affairs や Foreign Policy、政治なら Politico といった具合だ。しかし第一想起が取れていることはあくまで「結果」であり「原因」ではない。なぜ、第一想起が取れているかというと、彼らのコンテンツが「希少性が極限まで高い」からだ。 では、その希少性は何によって担保されているのか?一義的には、品質だ。しかし、この品質が何であるかは意外に言語化されていない。個人的には、メディアにおける品質というのは Information(情報)Insight(洞察) Implication(示唆)の3つによって担保されると思っている。その詳細は、こちらのメモを見ていただきたいが、何が言いたいかというと希少性の高いメディアは、中長期に経済合理性が合いやすくなっていくということだ。

現在、Facebook も Google もCPA(獲得コスト)が非常に高騰している。そのため、月額のメンバーシップ費用から獲得コストを逆算しやすい The HEADLINE のようなメディアであっても、短期的にはコストがペイしづらい。この問題を解決する方法は様々だが、結局のところ「ブランドをつくれるか」という問題に収斂するのではないかと考えている。

余談だが、2021年はAbemaヒルズやスッキリなど多くの番組に出演する機会を頂いた。こちらもすべて「ブランドをつくる」という目的に紐付いている。どれだけ良質な専門知に紐付いたメディアをつくったとしても、直観的なイメージや認知がなければブランドへの愛着は育っていかない。初期はメディアのブランドを作るよりも、人間(キャラクター)へのイメージを先行させたほうが良いと判断して、頂いた機会に積極的に応えていこうと考えている。

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少し長くなってしまったが、専門知の社会実装における需給というパズルに対して「世界を世界に説明する」プロダクトを提供することで1つの仮説を提示し、3つのアプローチを通じて、その仮説を証明しようとしている。仮説に対するアプローチ自体は変化していくだろうが、解きたいパズルは明確かつ巨大なため、10年20年以上のスパンで取り組んでいこうと思っている。

会社について

ちなみに、箱となるのは株式会社LIBER STUDIO(リバースタジオ)という会社だ。LIBERというのは「liberty」や「liberal」の語源・派生となったラテン語だが、名詞としては「本・書物」という意味で用いられる。本来の読み方は異なるが、書物のように長く時代に残るコンテンツを生み出していきたいと考えている。人生で2回目、そして最後の起業となる予定なので、長期目線でありながらも、大きなインパクトを生み出すような企業をつくってみたい。

メンバーや会社、メディアの方向性などもおいおい紹介していく予定なので、興味ある方は自分のTwitterなど眺めていただければ幸いだ。

お願い

さて最後まで読んでくださった奇特な方に、2つのお願いがあります。まずメンバーシップに入ってくだされば泣いて喜びます。なにとぞ。

また、The HEADLINE ではリサーチャーを募集しているので、興味ある方はご応募ください。

とにかく「世界を世界に説明する」ような、社会にとって有益なコンテンツをつくっていきます。2022年、やったりますわ。